こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。
前回に続いて、板宿から妙法寺川沿いに歩いてみたいと思います。
那須神社前
禅昌寺から再び市バスに乗り、那須神社前で降りることに。バス停の傍には神社への道がありました。
北向八幡神社
木々の中の細道を歩くと、社殿が建ち並ぶ広場に出ました。こちらは北向八幡神社の境内です。北向八幡神社は大国主命を祀っていて、その名の通り、出雲の方角の北を向いて社殿が建てられています。
平安時代の治承4(1180)年に始まる、治承・寿永の乱…、所謂源平の合戦の際、弓の名手として知られる武将・那須与一は源義経の命でこの北向八幡神社へ武運長久を祈って参拝に訪れ、守護神として信仰したと言われています。その伝説からか、妙法寺川沿いの山中に佇むこの神社は那須与一ゆかりの神社として知られています。
那須神社
北向八幡神社の境内には那須与一を祀った那須神社もあります。現在ではこちらの神社の方が有名になってしまい、神戸市バスのバス停名にもなっています。
萩の寺
北向八幡神社の裏山には寺院が。こちらは「萩の寺」こと明光寺です。こちらの寺院は歴史ある禅宗寺院とのことですが、寺院として整えられたのは江戸時代に入ってからといわれています。秋には境内の萩の花が美しいそうです。
那須与一公墓
北向八幡神社から道路を挟んで向かい側には碧雲寺という寺院があります。この寺院の境内には那須与一の墓があり、「那須与一公墓」の名前の方が知られているようです。伝説では、那須与一は北向八幡神社へお礼参りに訪れた際に亡くなり、この地に墓が造られたとのこと。ただし、那須与一の墓は全国にいくつかあるようで、本墓とされているのは京都・東山の寺院にあるものと言われています。この辺りの真相は謎ですね。
妙法寺川沿いの道
古来より多くの人々が行きかい、歴史の舞台となった妙法寺川沿いの道はここから白川峠を越えて太山寺、そして、明石へと続いていきます。この先を訪ねてみたいところですが、それはまたの機会としましょう。
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