御着・国分寺を訪ねて(前編)


梅雨の頃、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。

御着駅

山陽明石駅からJRに乗り換えて着いたのは御着駅です。

小寺大明神

御着といえば、もうお馴染みになってきましたが、小寺氏御着城ですね。播磨の守護大名だった赤松氏の血筋ともされる小寺氏は室町時代から戦国時代にかけて、姫路城とここ御着城を拠点としていました。

御着城跡

小寺大明神
から国道2号線を渡った先には御着城跡公園があります。城郭風の建物は姫路市役所の出張所で、ちょうどこの辺りが本丸跡とされています。

小寺政隆がここ御着に城を築いたのは永正16(1519)年のことで、山陽道が通る交通の要衝に城郭と城下町を築き、中世の播磨では三木城英賀城と並び播磨三大城とも呼ばれました。この頃の播磨の中心はここ御着で、近世以降に播磨の中心となった姫路は御着の支城の扱いでした。この姫路の城代も務めていたのが、後に黒田官兵衛を生んだ黒田家でした。

国分寺

大河ドラマのおかげで御着は御着城のあった町として知られるようになりましたが、御着城が築かれる中世以前はどうだったのか?
御着城跡公園から国道沿いに歩き、街中に入った場所にあったのが国分寺です。次回はここから御着城以前の御着をもう少し歩いてみたいと思います。

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