山陽電車の本線は2つの異なる鉄道、兵庫~明石を開業した兵庫電気軌道(兵電)と、明石~姫路を開業した神戸姫路電気鉄道(神姫電鉄)から成り立っています。別の鉄道だったため明石駅も違う場所にあり、現在の山陽明石駅は地上時代、神姫電鉄の明石駅があった場所とのこと。では、兵電時代の明石駅はどこにあったのでしょう。昔の地図(1923年)から見てみましょう。
上図の赤線が兵庫から来た兵電の線路、青線が姫路から来た神姫電鉄の線路です。兵電は遊園地前(現存せず)、明石駅前を経て今の播淡汽船の乗り場前を明石駅としていました。こう見ても違う鉄道であったことが分かります。(両社が一緒になった宇治川電気時代に連絡線路が設けられ、兵庫~姫路間が直通運転するようになりましたが、当初は両者の架線電圧が異なっていたため明石以東だけを運行する車両がありました。)
次回と予告しながら1回空いてしまいましたね。
約40年前の小学生のころに路線跡を辿ったことがありました。祖父が子供の頃の記憶を手がかりに。市電が兵庫電気軌道の線路に乗り入れの計画もあったような。
よっしーさま コメントありがとうございます。
40年前ということは地平時代ですね。まだ遊園地前駅跡が残っていたのではないでしょうか。市電の兵電乗り入れは実際に試運転したものの、うまくいかなかったような話を本で読んだような記憶がありますね。
兵電と神姫電鉄のこと、初めて知りました!
今の明石駅、神姫電鉄の駅だったのですね~。兵電の明石駅は、魚の棚の近くにあって、賑わっていたと思います♪
「遊園地前」の名称、明石-人丸前間が地上のときの踏切の名前にあったカナと思いました…。
大石六甲さま コメントありがとうございます。
山陽電車は2つの異なる規格の鉄道から成り立っていることはよく知られていますが、明石の接続については雑誌等でたびたび取り上げられているものの、現実の姿はなかなか分かっていませんでした。今後も資料などを基に調査していきたいと思っています。「遊園地前」は駅がなくなった後も踏切名称としては高架化まで残っていました。踏切名称は簡単には変更できないので、今でも興味深い名前のものが全国各地にありますね。
はじめまして。
SNS上の書き込みで、この場所の建替え工事の途中と思われる敷地に廃レール?古レールと思わしきものがあるとの情報があり、さっそく今朝確認したら確かにありましたので、また興味があればお越しください。
垂水のたけおさま こちらこそはじめまして。コメントありがとうございます。
かなり興味深い情報です。先日明石駅周辺は歩いたのですが、旧線部分までは再訪していませんでした。ぬかっていました。ぜひとも調べてみたいと思います。情報ありがとうございます。
先ほどのコメントありがとうございます。
いつも楽しく拝見させていただいております。
今年も身近にありながらも、開発や喧騒に埋もれてしまっている小ネタの掘り起こしを心待ちにしております!
さて、先ほどお伝えした場所ですが、古地図を見ると確かに兵電明石駅前の位置と合致しているので間違いないかとは思いますが、ただのレール廃材が置かれていただけかもしれませんので、その際はご容赦ください(笑)
垂水のたけおさま お話のありましたSNSも拝見しました。なるほど、兵電明石駅の位置のようですね。あの写真だけでは何とも言えませんが現地調査はしてみたいと思います。あのレール。廃材かも知れませんが駅の柵に使った古レールかも知れませんしね。
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