楽しいむ〜さん一家

レールを使った電柱(須磨浦公園~塩屋)

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下り列車で須磨浦公園を過ぎると、急に視界が広がり海のそばを走り始めます。その名の通り「シーサイドエキスプレス」。塩屋を過ぎると線路は高台に。天気の良い日には紀伊半島がはっきりと見え、関西空港も望めます。さて、このあたりに面白い形の電柱があるのをご存じでしょうか?電柱と言っても街中にあるものではなくて、電車を走らせる電気を送る架線を支える門型のもの。鉄道ファンには「架線柱」と呼ばれるものですが、正式には「支持物」というそうで。(ここでは分かりやすく「架線柱」と書きます。)
 
これは塩屋付近で見つけたもの。2本の柱は鉄製でなにやらレールのような・・・。
そう、これは古レールを使った架線柱なんですね。

みなさんはレールの断面がどのような形になっているのかはご存じですか?

そうです。大体こんなカタチです。

山陽電車や阪神電車の側面に付いているマーク(社章とか社紋とかいうものです。)には、このレール断面が表現されていて「鉄道」であることを示しています。
山陽電車のマーク
レール断面を「山」の文字(隷書などである真ん中の1本が二股に分かれたもの)で囲んでいます。円形になっているのは車輪をイメージするとともに会社の「和」を示していると言われています。

さて、少々脱線しましたが、この架線柱に使われている古レール、少々変わった断面をしています。



こんなカタチです。
これは「溝付きレール」と言って、普通の鉄道ではなく路面電車に使われるレールなんですね。なぜ路面電車のレールがこんなところに建っているかというと・・・。
昔、山陽電車のこの区間は道路上を走る路面電車でした。

現在は山側から海側にかけて山陽電車-国道2号-JR神戸線の順番に並んだ風景ですが、かつては山陽電車が真ん中の道路の上を走っていたんですね。

ここに建っている架線柱は道路上を走っていた開業当時のレールを転用したものだと考えられています。道路にあったレールを外して架線柱にしてしまうまで、さすがにある程度のタイムラグはあったと思われますが、そうなると、このレールは明治~大正時代のもの?なのでしょうか。このレール柱、ちょこちょこ残っていますので、みさなんも電車に乗られたときは、よく観察してみてくださいね。


このほか、須磨浦公園駅の少し西側、阪神特急などが折り返す引き上げ線(ファミリーレストランがありますね。)の辺りに線路から道路に降りる階段が一部残っています。昔、須磨浦公園駅がここにあったことを示す遺構です。須磨浦公園駅は1947(昭和22)年に設けられましたが、当初はこの場所でした。現在地に移ったのは1957(昭和32)年のこと。駅としてはわずか10年の短い期間でしたが、現在でもその痕跡を留めているのは興味深いことだと思います。

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