こよさんの立ち寄り日記

柿の葉ずしを食べるのと興福寺を見に【ならまち界隈 平宗】(近鉄奈良駅)に立ち寄りました!

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今回「こよ」は、2022年6月12日(日)開催の「スルッとKANSAI バスまつり」に3年ぶりの開催ということで行ってきたのですが、折角なのでその後「ならまち界隈」に行こう!と思い、立ち寄りましたので、そのことをご紹介します。

「こよ」の住まいは神戸方面なのですが、奈良までは山陽電車から「奈良・斑鳩1dayチケット」で向かおうと思います。このチケットは、近鉄奈良駅までだけでなく奈良交通バスまで1日利用できるお得なチケットなのです。今日は満喫しようと思います!

「スルッとKANSAI バスまつり」については、バスについて詳しくない「こよ」が記事にしても?と思いましたが、折角行ったので少しだけ記事にしようと思います。

「近鉄 大和西大寺駅」で降り、バスまつり会場の「朱雀門ひろば」まで奈良交通バスの「直通バス」で行ってきました。ここまで「奈良・斑鳩1dayチケット」で向かうことが出来ました。便利でお得なチケットですね! 写真はバスまつりの入場口です。入場口まで並びましたが、どんどん入って行くので苦ではありませんでした!

山陽バスの展示車に行きました。高速道路が走れるバス「ガーラ2000」だそうですが、乗合の高速バスではなく今は特定用途車両だそうです。お目にかかるのが少ないのでしょうか。さすが山陽バスさんのチョイスですね!

山陽バスブースで購入したのは写真の「おりがみメモ帳」です! 購入特典で写真の右側にある、昔の山陽バスで、山陽垂水駅の近くで撮られた写真のようです。当時のことを知らない「こよ」ですが、なぜか懐かしく思いました!(^^;

「バスまつり」の後、そのまま帰宅せず、近鉄奈良駅で降り、「ならまち界隈」に立ち寄ろうと思いました。「奈良・斑鳩1dayチケット」を持っているおかげで気軽に立ち寄れますね! 写真は近鉄奈良駅です。

近鉄奈良駅から東へ向かい、写真の場所で右(南)へと曲がり、興福寺へと向かいます。

天智8年(669)に藤原鎌足が重い病気を患った際に、夫人である鏡女王が夫の回復を祈願して、釈迦三尊や四天王などの諸仏を安置するために造営したものと伝えられており、この名称は後世においても別称として使われているそうです。

鹿とご対面(^^) 思わず写真を撮ってしまいました(^^;

東金堂です。立ち寄った時刻が遅かったため拝観はできませんでした。また次回、立ち寄った際に拝観したいと思います!

五重塔です。気分爽快ですね!

中金堂です。平成30年(2018)に復元されたそうです。綺麗ですね!

南円堂です。「西国三十三所」の第九番礼所として人々の参拝が多い御堂だそうです。

北円堂です。日本に現存する八角円堂のうち、最も美しいとされる堂だそうです。

興福寺を見終え、南へと向かい「ならまち界隈」へと来ました。「社寺のまち」から「商業のまち」へと変わったとされていて、当時の面影を今もなお感じますね!

歩いているとお腹もすいてきたので、写真のお店「平宗」「柿の葉ずし」を食べようと思います!

柿の葉ずしのセットで「朱雀」を注文しました! 写真がそれになります。柿の葉ずしだけでなく、焼鯖金目鯛ローストビーフといった寿司もあり、とても美味しかったです! また、黒胡麻豆腐も付いていて、ワサビと一緒に食べたのですが、あっさりと食べやすく、とても美味しかったです!

また立ち寄りたいと思います!

古い町並み【歴史的景観地区】を見に(高砂駅)に立ち寄りました!

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前回、姫路に行ったことを投稿しましたが、仕事を早く終えることが出来たため、高砂駅に立ち寄り、「歴史的景観地区」を見に行ってきたことをご紹介します。

姫路に行った際「三宮・姫路1dayチケット」で行きましたので、気軽に高砂駅に立ち寄ることが出来ました! 詳しくは以下の前回の投稿をご参照ください。

高砂市は、各地に繁栄をもたらした北前船の寄港地・船主集落に認定されています。「こよ」はこの船主集落などの「歴史的景観」を楽しみに立ち寄りました! では立ち寄った先をご紹介します。

山陽電車 高砂駅を降り、まずはへと向かいました。

先輩ブロガー「む~さんパパ」のブログで紹介されています「高砂線の廃線跡」を歩いて行きます。この時点から過去の風景をイメージしてしまいますね!

昭和初期創業の銭湯「梅ケ枝湯」に着きました。現在もお湯を薪で沸かしているそうです。歴史を感じます!

「旧国鉄高砂駅」に着きました。動輪がモニュメントとして残っていますね!

正面に「銀座商店街」がありました。レトロで有名な商店街です。当時は、国鉄高砂駅へ向かう人達が通っていたのでしょうか。ランチの時間には、またこちらに来ようと思います。

少しに下り、裏路地を入った所にありました「魚町倶楽部」です。明治時代の木造西洋館のようです。明治ロマンを思わせる建物ですね!

そのままへ向かうと写真のような雰囲気になってきました。船主集落なのでしょうか。古民家カフェがありますね! 立ち寄りたい所ですが、他の場所へとまわりたいと思います。

「工楽松右衛門旧宅」に着きました。航海に革命的進歩をもたらした帆布「松右衛門帆」の生みの親、工楽松右衛門の居宅で、当時、港湾土木の先駆者として知られています。江戸時代に建築されたようで、老朽化した居宅をなるべく当時の様式に復元されているようです。一般公開されていますが、今回は時間の都合上、他の場所へとまわりたいと思います。残念です(^^;

正面に「高砂堀川遺跡」がありました。「船着場」の遺跡で当時、舟から荷物を揚げ降ろしする雁木という「石階段」もありました。写真の方向(東)へ向いて船が発着していたのでしょうか。

少しへ歩き、昭和初期に建築された「三連蔵」に着きました。当時、お祝いの時に使う食器やお膳などを収納していた納戸のようです。

さらにへ向かうと「高砂商工会議所会館(旧高砂銀行本店)」に着きました。昭和当時の小規模銀行建築のようで、正面出入口の両脇「柱」が立っているのが特徴のようです。こちらも歴史を感じますね!

今回は、高砂の色々な歴史的景観を観ることができ、大満足の「こよ」でした。

9月には「たかさご万灯祭」という路地キャンドル建物ライトアップなどがされ、「秋の夜タイムスリップした町」と化すようです。新型コロナウイルス感染症の状況等により中止されていましたが、今年は開催予定のようです。また立ち寄りたいと思います!

このあと、ランチタイムとなりましたので、「こよ」は高砂のあなごを求めて彷徨いました。次回、その投稿をしたいと思います。

【古い町並み】を見に(山陽網干駅)に立ち寄りました!

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今回は、古い町並みを見に、山陽電車 網干駅周辺に立ち寄ってきたことをご紹介します。

山陽電車 網干駅周辺は、揖保川河口の町で、瀬戸内海航路の要衝とされ、揖保川流域の物資の集散地として繁栄した町とされています。港町風情を漂わせる町並みが楽しみで立ち寄った次第です。早速、道のりをご案内したいと思います。

写真のように山陽電車 飾磨駅網干線に乗り換えます。今回も、以下の姫路城に立ち寄った投稿でご紹介した山陽電車の「三宮・姫路1dayチケット」を利用しました。観光に便利ですね!

山陽網干駅に到着しました。ここから南西へ、揖保川方面に向かいます。

だんだん古い町並みになってきました! 引き続き、揖保川方面へと向かいます。

揖保川に着きました。この先は瀬戸内海へと繋がっているのですね。昔はここで舟運が盛んだったのでしょうか。

揖保川右岸沿いにある加藤家住宅に着きました。国の登録有形文化財となっています。加藤家は揖保川の水運を利用して廻船業を営みながら、幕末からは網干の特産品である塩を使った醤油醸造や素麺製造など幅広く事業展開した豪商とされています。長屋門の屋根が美しさをより映えますね!

漁港の雰囲気がただよう川の風景に出会いました。昔はここから出港していたのでしょうか。

さらに南西に向かうと、旧山本家住宅に着きました。都市景観重要建築物となっています。網干銀行の頭取であった山本真蔵氏の邸宅で、大正時代に建てられた和洋折衷の洋館棟播州でも屈指の邸宅建築でもあります。一般公開している日もあるようですが、「こよ」が立ち寄った際は一般公開日ではありませんでした。残念! 次回は一般公開日を確認してから立ち寄ろうと思いました!

旧山本家住宅のすぐ手前に1階と2階のバランスが不思議な鮮魚店があります。この鮮魚店の2階部分は、実は山本家の敷地にあった離れで鮮魚店の2階に移築したものだそうです。どのように移築したのでしょうか。不思議ですね。

少し西へ進むと旧水井家住宅に着きました。こちらも都市景観重要建築物となっています。旧山本家と同様こちらも大正時代に建てられ、黒漆喰仕上げの重厚な外観です。水井家は材木問屋として財を成していたとされています。

最後に山陽網干駅に戻る途中で立ち寄りました近代洋風建築旧網干銀行に着きました。こちらも都市景観重要建築物となっています。現在も修復、改装され、レストラン「旧網干銀行湊倶楽部」として利用されているようです。建物を活かした取り組みがされているのですね!

今回は色んな建築物を見ることができ、満喫できました! また立ち寄りたいと思います!