1986(昭和61)年から1995(平成7)年まで数次に渡って製造された山陽5000系。今回はあまり人の目に触れることのない妻面の小変化にこだわって観察してみました。
5000系は、細部を見ていくとマニアックで面白い車両です。次は何にコダワリましょうか。
1986(昭和61)年から1995(平成7)年まで数次に渡って製造された山陽5000系。今回はあまり人の目に触れることのない妻面の小変化にこだわって観察してみました。
5000系は、細部を見ていくとマニアックで面白い車両です。次は何にコダワリましょうか。
今日は廃線跡を歩くシリーズを少しだけお休みして、3000号前面帯復元工事の写真を公開します。
2015年の鉄道フェスティバルに合わせ、3000号の前面帯を登場時の太さに戻す工事が行われました。
つい最近と思っていた3000号の復元も、今から思えば7年前のこと。こうした記録も大切にしたいものですね。
昨年6月に「きちんと撮っておきます」とお約束してそのまま1年。3058号の前面帯位置が変わった写真をようやくご用意できましたのでお届けしましょう。もはや何の話か分からなくなってしまったと思いますので、前回記事をまずお読みいただいてから・・・。
というわけで、とりあえず3058号の何が変だったのかを。
まずは正常位置に付いている3060編成3635号(左)と3058編成3634号(右)。3634号の帯が少し下に付いているため、マニア的には「少し間の抜けた表情」をしていました。
(2017.11.18 西二見駅)
ここまではお分かりいただいたとして・・・。
同じ3058号の写真で変化を見てみましょう。左が変更前(2016.5.28)、右が変更後すなわち現在(2019.5.19)。車番の取付位置は同じですので、車番と帯の間隔が変更後は狭くなっているのがお分かりいただけますでしょうか。
はい、これが現在の姿。引き締まった表情が戻りました。(2019.4.6 霞ヶ丘駅~舞子公園駅間)
ここで秘蔵の写真を・・・。
リフレッシュ工事を終え、東二見車両工場に運び込まれた直後の3058号。140KVAの真新しいSIVが床下で光っています。この時から間の抜けたお顔になりました。撮影は2008年3月とありますので、10年の時を経て前面帯が元の位置に戻って来たことになります。(2008.3.7 写真提供:山陽電気鉄道)
にしても、何かの機会に元の場所に戻そうとされていたのでしょうが、よく10年間も覚えておられたものです。山陽電車はそういった車両工場の皆さんの愛情にも支えられています。
1年越しの宿題を済ませた気分です。クリックにもご協力を!
にほんブログ村