せっつ・はりま歴史さんぽ|山陽沿線歴史部

宿場町と毛織物・加古川を歩いて(前編)

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夏の盛りの頃、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。

加古川駅

山陽明石駅から乗り換えて着いたのは加古川駅です。
駅前には真夏の厳しい日差しが降り注いでいました。

加古川の街並み

整然とした街並みの加古川駅前ですが、駅から少し離れると歴史を感じる街並みが続いています。現在の加古川は東播磨の中核都市ですが、元々の加古川は西国街道の宿場町のひとつでした。

寺家町

かつての西国街道には寺家町という商店街が続いています。

加古川の宿場町の歴史は非常に古く、はるか古代へ遡ります。「賀古駅」と呼ばれた元々の加古川の宿駅は加古川駅から南東の野口にありましたが、中世の「賀古川宿」は野口から北西、加古川の渡しに近くへと移ったとされています。近世には西国街道の拠点となる宿場町として栄え、加古川の畔から現在の加古川駅付近まで宿場町の街並みが続いていたようです。その中でも、宿場の中心として賑わったのは現在も商店街が残る寺家町だったそうで、現在も、寺家町には趣のある建物が残されています。

黒壁の旧家

寺家町の商店街の中に特に風格のある建物が残されていました。「黒壁の旧家」と呼ばれるこちらは現在は使われていないようですが、立派な造りは宿場町のかつての賑わいを今に伝えるようです。

陣屋

商店街の外れに「陣屋」と書かれた人形店がありました。こちらは屋号の通り、姫路藩が加古川宿に置いた役所の陣屋跡にあるお店です。外からはよくわかりませんが、陣屋の建物は現存しているようで、内部に入ると当時の面影が残されているようです。

西国街道の宿場町として栄えた加古川をもう少し歩いてみたいと思います。