せっつ・はりま歴史さんぽ|山陽沿線歴史部

姫路・大手前を歩いて(後編)

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こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。
前回に続いて、姫路の市街を歩いてみたいと思います。

十二所神社

光源寺の向かいにあるのは十二所神社です。

お菊神社

境内にあるのはお菊神社です。祀られているのは菊姫命。あの、播州皿屋敷お菊とされています。

十二所神社の始まりは古く、平安時代の延長6(928)年に遡るとされています。疫病が流行して村人が苦しんでいたところ、この場所の南側の南畝丘に一晩で12本の蓬が生え、医薬の神とされる少彦名大神があらわれ、この蓬を使えば病が治るとお告げがありました。お陰で疫病の流行は治まり、村人は少彦名大神を祀る祠を建てました。元の場所は少し南でしたが、平安時代の末の安元元(1175)年にこの場所へ移されています。変わった神社の名前はこの12本の蓬の伝説に由来していて、御神紋も蓬の葉です。

烈女碑

境内には「烈女」の碑がありました。

お菊と言えば播州皿屋敷やそれを題材にしたと考えられる「番町皿屋敷」の怪談が知られていますね。播州皿屋敷は戦国時代、小寺則職が姫路城主をつとめていた頃の話で、お菊が亡くなったのは永正2(1505)年とされています。お菊が十二所神社にお参りしていたことから、この地にお菊を祀る神社が建立されたとされていますが、諸説があるようです。また、播州皿屋敷も同様の伝説は全国にあるようで、実際に姫路であった出来事なのかはわかっていないようです。

大将軍神社

十二所神社から南側へ歩くと、大将軍神社がありました。こちらが元の十二所神社があった場所とされていて、今も十二所神社の旅所となっています。

南畝丘は今

12本の蓬が一晩で生えたという南畝丘はこの辺りにあったのでしょう。今ではJRや新幹線の高架がそびえ、辺りには市街地が広がっていて、丘があったような面影はありませんでした。

今は賑やかな市街地に発展した姫路ですが、少し歩いてみると伝説に彩られた史跡がひっそりと眠っているのに出会うことができます。まだまだ冬の寒い時期が続きますが、少し姫路を歩いてみてはいかがでしょうか。

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