せっつ・はりま歴史さんぽ|山陽沿線歴史部

黒田官兵衛周遊のすすめ(壱) 妻鹿再訪

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寒さが少しずつ緩み、春の足音が聞こえてきたような気がするこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。

大河ドラマ「軍師官兵衛」、引き続き盛り上がっていますね。
播磨の官兵衛ゆかりの地も盛り上がっていて、史跡を巡るツアーや鉄道の割引乗車券なども数多く出ています。中でもおすすめしたいのが、スルッとKANSAIの私鉄・地下鉄の指定区間から山陽姫路駅までが乗り放題になり、「大河ドラマ館」の入館券と神姫バスの一日乗車券の割引券がセットになった「ひめじの官兵衛1dayパス」(詳しくはこちら)です。今回はこのパスを利用して黒田官兵衛ゆかりの地を巡ってみました。このブログで以前に取り上げた場所もあるのですが、おさらいということでご覧ください。

妻鹿駅

三宮から姫路行きの直通特急に乗り、大塩で普通車に乗り換えて到着したのは妻鹿駅
約一年前にも取り上げています(こちら)が、改めて歩いてみることにしました。

貨物ホーム?

と、その前に、駅構内に気になるものが…。
上りホームに渡線道で分断された短いホームのようなものがありました。
山陽電車では1960年頃まで貨物輸送が行われていて、ここ妻鹿からも海産物を積んだ貨物列車が出ていたそうです。この短いホームは貨物ホームの跡なのかもしれません。

改札前の案内地図

改めて、妻鹿を巡ってみることに。
駅の改札前には大きな案内地図が掲示されています。
妻鹿の周遊スポットはわかりにくい場所が多いので、ここで史跡の場所を確認して、地図をもらってくのがお勧めです。

黒田職隆廟所

交差点などに案内看板が設置されているおかげで、街中のわかりにくい場所にある黒田職隆廟所にもすんなり辿り着くことができました。
大河ドラマを観ている方はご存じでしょうが、黒田職隆は官兵衛の父親です。官兵衛に比べると目立たない存在ですが、ドラマの中では黒田家の当主(第4回で隠居しましたが)として、また、父親として、若い官兵衛を支える存在として描かれています。最期を迎えたのは姫路城ですが、隠居後に過ごした国府山城のあるここ妻鹿の地で眠っています。ドラマを観て黒田職隆ファンになった方は是非訪れてみてください。

元宮八幡神社

次に訪れたのは元宮八幡神社
こちらは母里太兵衛の生誕の地とされていて、境内には石碑があります。

荒神社

元宮八幡神社から程なく、妻鹿の史跡の中でも注目スポットの荒神社に到着しました。この神社のある甲山(国府山や功山などとも呼ばれています)には、かつて、妻鹿城と呼ばれる城がありました。秀吉の播磨入りに際して黒田職隆・官兵衛親子は姫路城を秀吉に譲り、この妻鹿城に移ったそうです。神社から城のあった山頂までは徒歩で20分ほどですが、今回は己の身体能力と相談して断念することに。登山道の様子は以前の記事をご参照ください(こちらの記事へ)。

魚の絵馬

荒神社に来たのは初めてではないのですが、今回の再訪で新しい発見が。
神社に奉納されている古い絵馬を見ると、かなり薄くなってしまっているのですが、鯨や大きな魚が描かれています。この由来はよくわからないのですが、海とともに生きてきた町の歴史を象徴しているように思えます。

市川のほとりへ

荒神社から市川の堤防に出ると、ちょうど山陽電車の直通特急が鉄橋を渡って行くところでした。
少々駆け足気味でしたが、ここから川辺を歩いて妻鹿駅へ戻り、姫路へ向かうことにします。

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