揖保川のほとりの城下町・龍野を歩いて(参)


こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。
前々回・前回に続いて、龍野を歩いてみたいと思います。

旧龍野醤油同業組合事務所

広場の一角にあったのが旧龍野醤油同業組合事務所です。
大正13(1924)年の建築で、今はたつの市の「醤油の郷 大正ロマン館」として使用されています。また同じ敷地内には醸造工場があったのですが、こちらの建物は土産物店やレストランとして使用されています。

龍野城埋門

街の中を歩くと、立派な城門にたどり着きました。こちらは龍野城埋門です。

龍野城は室町時代の明応8(1488)年に龍野赤松氏とも呼ばれる赤松村秀がこの城門の向こうに聳える鶏籠山に城を築いたのが始まりとされています。この城は江戸時代に入るまで使われていましたが、江戸時代初めの万治元(1658)年に当時の城主だった京極高和が讃岐の丸亀に転封となった際に龍野藩は幕領となり、城は破却されてしまいました。城が再建されたのは寛文12(1672)年に脇坂安政が龍野藩主となった際です。この後、明治まで脇坂氏が代々龍野藩を治めることとなりました。

石段が続く

埋門をくぐると、立派な石段が続いています。

本丸御殿

石段を登りきると、本丸御殿が現れました。こちらは昭和54(1979)年に再建されたものですが、当時の雰囲気を今に伝えています。ちなみに、脇坂氏が再建したのは鶏籠山の山麓の居館のみです。この本丸御殿を見ると、城というよりは陣屋のような雰囲気なのはそのせいでしょうか。

龍野市街を眺める

城からは龍野の街を眺めることができました。
やはり目立つのは醤油メーカーの建物ですね。脇坂安政は龍野の城下町の整備を行い、薄口醤油産業の奨励も始めたとされています。今につながる龍野を作り上げたのは脇坂氏ともいえそうですね。

次回はさらに龍野城と城下町を歩いてみたいと思います。

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