せっつ・はりま歴史さんぽ|山陽沿線歴史部

須磨・関守を歩いて(前編)

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梅雨明けの待ち遠しいこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。

山陽須磨駅

今回降りたのは山陽電車の須磨駅
これからのシーズンは海水浴客で賑わう駅ですね。

たぬき坂

改札を出てすぐ、築堤を潜るトンネルを抜けると、急な坂道がありました。坂の上からは須磨駅を見下ろすことができます。この坂は地元では「たぬき坂」と呼ばれているようで、西側には「きつね坂」も存在しています。

この辺りの地名は「関守町」といいます。「関守」の由来は須磨のこの地にあったとされる「須磨の関」に由来していると言われています。須磨の関は大宝元(701)年に大宝律令によって設置された播磨と摂津の間の関所で、古来より和歌に詠まれた名所であるだけでなく、陸路と海路をともに監視する重要な関所でした。

関守稲荷神社

住宅街の中を歩くと関守稲荷神社がありました。一説ではこの地に須磨の関があったと言われています。境内に須磨の関の石碑があるのですが、こちらは明治時代に近くの現光寺の境内から出土したものをこの地に移したものとのこと。須磨の関の場所はこの関守稲荷にあったという説のほか、現光寺にあったという説、はたまた内陸の多井畑にあったという説など様々で、詳しい場所は現在ではわかっていません。

須磨の海を眺める

関守稲荷神社の境内からは、家並みの合間から大阪湾を望むことができました。

古くからこの須磨の地を見守ってきた関守、もう少し歩いてみたいと思います。

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