須磨浦を歩いて(前編)


春はもう間もなくなこのごろ、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。

須磨浦公園駅

今回は桜の季節が間近な須磨浦公園を訪ねてみました。
駅には早くも花見客がちらほら。

須磨浦の桜

公園内の桜は、日当たりや品種によるのでしょうか、かなり咲いている木からまだつぼみばかりの木までまちまち。この週末には5分咲きくらいになるでしょうか。

戦の濱碑

須磨浦公園を東に向かって歩き、人気気が少なくなてきたところにあるのが「源平合戦 戦の濱」碑です。

平安時代の末期に起こった「源平合戦」こと治承・寿永の乱の末期、ここ一の谷は源氏と平氏が衝突し、所謂「一の谷の戦い」と呼ばれる合戦が行われました。清盛が亡き後、旗色が悪くなってきたところにこの戦いで平氏は大敗。屋島、そして壇ノ浦へと滅亡の道を転がり落ちていくことになりました。戦いの舞台となったこの浜では合戦の行われた2月7日には軍馬のいななきが聞こえるとのこと。

築堤をくぐって

「戦の濱」碑から山陽電車の築堤をくぐることに。何だかトンネルのようですね。

つづら折りの階段

しかし、トンネルの向こうにあったのはつづら折りの階段。心が折れそうになってもう引き返そうかと思ったのですが、忘れがちな体育会系歴史部ということを思い出し、上ることにしました。

次回、この階段の先にあったものから、須磨浦をもう少し歩いてみたいと思います。

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有馬への道・小浜宿を訪ねて(後編)


こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。
前々回・前回に続いて有馬街道の宿場町だった宝塚の小浜宿を歩いてみたいと思います。

小浜の街並み

毫摂寺から小浜の街中を歩くことに。右側のうだつのある家は清酒「菊仁」を作る江戸時代からの造酒屋とのこと。

小浜宿資料館

街中にあったのが小浜宿資料館。やはり造酒屋だった山中家の住宅を阪神大震災の後に資料館に改装したものです。庭園が見どころとのことですが、残念ながら、訪問時は休館日でした。以前の近松記念館といい、このところついていません。ちなみに、この山中家の祖先は上月城の戦いで知られる山中鹿之助と言われています。

中世~近世の趣が残る小浜の街ですが、悲しい歴史もありました。有馬温泉への宿場町として栄えた小浜を訪れた人物の中に豊臣秀吉がいました。その秀吉の養子であった豊臣秀次は毫摂寺に宿泊した際に寺の娘の亀姫を見初め、側室としました。小浜局と呼ばれた亀姫ですが、秀吉に実子の秀頼が誕生し、秀次が失脚すると他の妻子や側室とともに京都・三条河原で処刑され、生家の毫摂寺にも火がかけられました。
現在の小浜の街並みは江戸時代に復興され、阪神淡路大震災を乗り切ったものです。

首地蔵

街中の丘には首地蔵なるお地蔵さんがありました。このお地蔵さんの由来はよくわからないそうですが、頭がよくなるとも言われ、受験生に人気とのことです。

首地蔵からの宝塚の眺め

小高い首地蔵の丘からは宝塚の街並みを一望できました。

有馬とともに栄えた宝塚の小浜宿は間もなく桜の季節。ゆっくりと歩いてみると新しい発見があるかもしれません。

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有馬への道・小浜宿を訪ねて(中編)


こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。
前回に続いて、有馬街道の宿場町だった宝塚の小浜宿を歩いてみたいと思います。

八ッ橋稲荷神社

小浜宿の南門には八ッ橋稲荷神社なる小さな神社がありました。境内には桜の木々が立ち並んでいます。もう一週間もすれば見ごろになるでしょうか。

毫摂寺

宿場町へ入ると、毫摂寺(ごうしょうじ)なる寺院がありました。どこか姫路の亀山御坊を思わせる雰囲気だと思ったら、それもそのはずで、亀山御坊本徳寺と同じ浄土真宗本願寺派の寺院で「小浜御坊」とも呼ばれているそうです。小浜の歴史はこの毫摂寺の創建から始まったともいえます。

浄土真宗の僧・覚如がこの小浜の地に毫摂寺を創建したのは室町時代後期の明応年間とされています。その際、寺とその周辺の町を寺内町として城塞化して一向宗の拠点として整備しました。この辺りの歴史も亀山御坊の前身の英賀御坊と似ていますね。ただし、英賀御坊と違う道を歩み出したのが戦国時代のこと。小浜御坊は一向宗であるにも関らず、信長側に付いたために戦火を逃れることとなりました。

小浜の街並み

毫摂寺を出ると、小浜の街並みが広がります。大阪のベッドタウン・宝塚の中心に近い地域とは思えないような趣のある街並みですね。

一向宗の宿敵・信長の手を逃れたとはいえ、戦国時代の混乱は小浜の地をそのまま生かしておくことはありませんでした。次回、もう少し小浜の地を歩いてみたいと思います。

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有馬への道・小浜宿を訪ねて(前編)


気がつけば春らしくなってきたこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。

有馬温泉といえば、摂津有数の観光地。有馬温泉に行くルートとしては、現代では神戸電鉄で行くか、はたまた神戸・大阪から高速バスに乗るか、或いは自家用車か…といったところでしょうが、昔も有馬温泉へ様々なルートが存在していました。今回はその中の一つ、神崎(尼崎)~伊丹~宝塚~生瀬~有馬の「有馬街道(湯山街道)」を訪ねてみました。

近松公園付近の有馬街道

以前、訪れた近松公園付近に整備された有馬街道が残っていましたが、この道はさらに伊丹を経て宝塚へと伸びていきます。本来であれば歩いてみたいところですが…。

阪神バス尼崎~宝塚線

文明の力を借りてバスに乗ることにしました。尼崎から伊丹市街を経て宝塚を結ぶ阪神バスの尼崎~宝塚線は「有馬街道バス」とでも言いたくなるくらい有馬街道に沿って走っています(一部異なりますが)。このバスで宝塚へ入ります。

有馬街道と直接の関連はありませんが、この阪神バス尼崎~宝塚線も歴史のある路線です。かつては阪神電車が神戸進出を計画する阪急電車に対抗するために阪急電車の牙城である宝塚への進出を目指して設立した宝塚尼崎電気鉄道の名残とされています。このバスが走る県道「尼宝線」は線路敷をバス専用道にしたものを道路へ転用したものとのこと。ちなみに、宝塚尼崎電気鉄道に対して阪急電車は伊丹線の宝塚延伸を計画しました。もしも、この宝塚尼崎電気鉄道や伊丹線宝塚延伸が実現していれば、この辺りの交通環境は随分と変わったことでしょう。

小浜

到着したのは「小浜」なる停留所。福井県の町のほうが知られているのでついつい「おばま」と読んでしまいそうですが、ここは「こはま」と読みます。

小浜宿への坂道

この小浜にはかつて、有馬街道の宿場町の小浜宿がありました。有馬街道の他に西宮街道や京伏見街道が交差し、小浜は交通の要衝として栄えたとのことです。現在の小浜地区の周辺はマンションや新興住宅が立ち並ぶ宝塚の市街地になっていますが、小浜地区だけはどこか雰囲気が異なります。かつての西宮街道の坂道はこんな風景。もう少し遅ければ桜を楽しめたのかもしれません。

小浜宿へ

坂道を歩いて小浜宿の入口へたどり着きました。ここは小浜宿の南門で、門が復元されています。ここから、有馬街道とともに栄えた小浜宿を歩いてみたいと思います。

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淡路鉄道を訪ねて(後編)


こんにちは、山陽沿線歴史部の内膳正です。
前回に続いて、淡路鉄道を歩いてみたいと思います。

洲本駅跡

淡路鉄道の洲本駅跡はバスの営業所となっていますが、営業所からの出口付近で歩道が広がっていて、鉄道の痕跡を思わせるものがあります。この先、線路跡はほぼ道路となって福良を目指していきます。

洲本駅前ガソリンスタンド!?

何も痕跡がないなと思いながら歩いていたところで発見したのが、営業所横のガソリンスタンドです。なんと、このガソリンスタンドの名称は「洲本駅前店」!? 洲本駅も洲本バスターミナルもなくなったのにガソリンスタンドだけが「洲本駅前」を名乗り続けているのは何だか不思議です。

洲本城を見上げる

駅跡からは街並みの向こうに三熊山の頂の洲本城を望むことができました。
鉄道はなくなり駅も姿を変えてしまいましたが、この景色はかつてと変わらないのでしょう。

淡路島の人々に愛され、多くの通勤・通学客を運んだ淡路鉄道ですが、モータリゼーションの進展により利用者は減少。さらに、バス路線の拡充によって鉄道利用者がバスに流れて鉄道部門は大きな赤字を計上するようになりました。合理化などによって鉄道部門の収支改善が図られましたが、最終的には鉄道の存続を断念することになります。現在、かつて淡路鉄道が走っていた路線には淡路交通(淡路鉄道と全淡自動車が合併)の縦貫線が走っていて、淡路島内路線の基幹となっています。

福良バスターミナル

淡路鉄道の線路跡の多くは道路となっていて痕跡は多くありません。縦貫線のバスで福良に着いてみると、駅跡はやはりバスターミナルになっていました。しかし、どことなく駅の雰囲気が残っているような気がするのは気のせいでしょうか。バスターミナルの先には青々とした鳴門海峡が広がっていました。

廃止から今年で半世紀となる淡路鉄道。しかし、こうして特別展が催されるなど、今も多くの人々に愛されていたことが感じられます。
間もなく、行楽にはほどよいシーズン。淡路鉄道の痕跡を巡りつつ、淡路島を歩いてみてはいかがでしょうか。

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