せっつ・はりま歴史さんぽ|山陽沿線歴史部

生田神社を訪ねて

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新年、明けましておめでとうございます。
今年も山陽沿線歴史部及び「せっつ・はりま歴史さんぽ」 をよろしくお願いします。

三宮センター街

新年早々訪れたのは神戸随一の繁華街・ 三宮センター街
買い物…というわけではありません。今回はここから神戸の歴史を巡っていきたいと思います。

ちなみに、三宮センター街にも歴史があります。
現在の三宮センター街の原型ができたのは戦後すぐ。戦時中の神戸大空襲後の焼け野原に設けられた店舗が始まりと言われています。昭和の中ごろには、さんプラザやセンタープラザといった商業施設が建設され、アーケードも設けられて都心の商店街として発展していきました。現在では神戸で一番の繁華街となり、地価ランキングでも商業地の第1位に三宮町の名前が毎年のように登場します。

生田神社楼門

センター街を通り、中ほどで交差するいくたロードを北に向かうと現れるのは大きな神社。こちらは生田神社。神戸の都心に建つ古社です。初詣シーズンのため、多くの参拝客で賑わっていました。

生田神社拝殿

生田神社の歴史は非常に古く、『日本書紀』にはなんと神功皇后元(201)年の創建と記されているとのことです。
神功皇后が三韓征伐の帰途、船が動かなくなり、武庫の港(現在の神戸港とされています)で占いをしたところ、天照大神の妹神とも言われる稚日女尊(わかひるめのみこと)が現れて「私は活田長狭国(いくたながをのくに)に居りたい」と言ったため、この地に祭ったのが始まりと言われています。因みに、この「活田長狭国」の地名は現在三宮駅周辺から西元町駅周辺にかけてつけられている「北長狭通」という住所の由来となったという説があります。
この辺りの伝説の真偽は不明ですが、いずれにせよ、生田神社が大変に古い歴史を持った神社であることは確かです。

東門街

生田神社の東側にあるのは通称「東門街」と呼ばれる生田東門商店街です。歓楽街として知られる街ですが、実は三宮センター街などよりも歴史は古く、明治時代ごろに生田神社の東門周辺に設けられた店舗が始まりと言われています。

生田神社一の鳥居

最後に、いくたロードを南下したところにある生田神社一の鳥居を訪ねてみました。大きな朱塗りの鳥居がビル街の中にそびえるのは何だか不思議な光景ですね。ただし、先述のように生田神社がこの地に建立されたのは三宮に街ができるはるか昔。鳥居の周りにビル街ができたとでも言うべきでしょうか。
なお、「神戸」という地名は、生田神社の神職が神社の周辺の社領に住んだことが地名の由来とも言われています。この地が神戸の始まりといってもいいかもしれません。

初詣がまだの方、今年は生田神社を訪れてみてはいかがでしょうか。
その際、いつも訪れる都心の街並みを違った目で見てみれば、新たな発見があるかもしれませんよ。

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